従業員が交通事故に遭ったら労災?健康保険?第三者行為災害の届出と手続きを社労士が解説

従業員が通勤中や業務中に交通事故に遭った場合、「労災保険を使うのか、健康保険を使うのか」と判断に迷うケースは少なくありません。とくに相手がいる事故では、自賠責保険や任意保険との関係もあり、手続きが複雑になりがちです。

結論から言えば、業務中・通勤中の交通事故は労災保険が優先です。そして相手がいる事故では「第三者行為災害届」の届出が必要になります。この記事では、労災と健康保険の判断基準から、届出の流れ、自賠責保険との調整の仕組みまで、実務担当者が押さえるべきポイントを社労士が解説します。

✅ この記事の結論

  • 業務災害・通勤災害に該当する交通事故は、労災保険が優先して適用されます
  • 健康保険で受診してしまった場合でも、労災への切替手続きが可能です
  • 相手がいる事故では、「第三者行為災害届」を労働基準監督署に届け出る義務があります
  • 自賠責保険・任意保険と労災保険の間では支給調整(求償・控除)が行われ、二重取りにはなりません
  • 届出を怠ると、労災給付の支給が遅れたり、会社が損害賠償リスクを負う場合があります

交通事故が労災になるケース・ならないケース

交通事故が労災保険の対象になるかどうかは、「業務起因性」と「業務遂行性」の2つの要件を満たすかで判断されます。通勤中の事故については、労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」)第7条で定める「通勤災害」に該当するかがポイントです。

労災になるケース(業務災害)

✅ 営業先への移動中に交差点で追突された

✅ 会社の車で配達中に出合い頭の事故に遭った

✅ 出張先へ向かう途中で相手方に衝突された

→ いずれも業務遂行中に発生した事故であり、業務災害として労災の対象になります。

労災になるケース(通勤災害)

✅ 自宅から会社への通勤経路上で事故に遭った

✅ 退勤途中、最寄り駅からの帰宅途中に事故に遭った

→ 労災保険法第7条第2項に定める「合理的な経路及び方法」による通勤であれば、通勤災害として認められます。

労災にならないケース

❌ 退勤後にスポーツジムに寄り、ジムを出た後に事故に遭った

→ 通勤経路を「逸脱」した後の事故は、原則として通勤災害と認められません。

❌ 休日にプライベートで車を運転中に事故に遭った

→ 業務とも通勤とも無関係であるため、労災の対象外です。

「逸脱」と「中断」の考え方

通勤経路上で買い物や通院などの「日常生活上必要な行為」を行った場合は、労災保険法第7条第3項および労災保険法施行規則第8条により、その行為終了後に合理的な経路に復帰すれば、再び通勤として認められます

ただし、「逸脱・中断」の間に発生した事故は通勤災害に該当しません。たとえば以下のように判断されます。

逸脱・中断と通勤災害の関係

🔹 スーパーで日用品を購入するために寄り道

→ 日常生活上必要な行為に該当。買い物後に通勤経路に戻れば通勤災害の対象です。

🔹 友人宅で食事をしてから帰宅

→ 日常生活上必要な行為とは認められず、経路に戻った後も通勤災害の対象外となる可能性があります。

※ 個々のケースで判断が分かれることがあるため、迷った場合は所轄の労働基準監督署に確認することをおすすめします。


第三者行為災害届とは?届出の流れと必要書類

交通事故のように労災の原因が「第三者(加害者)」によるものである場合、労災保険では「第三者行為災害」として扱われます。この場合、被災した労働者(または会社)は、所轄の労働基準監督署に「第三者行為災害届」を提出する必要があります。

なぜ届出が必要なのか

第三者行為災害届の目的は、労災保険が立て替えた給付金を、後から加害者側(自賠責保険・任意保険)に求償するためです。労災保険法第12条の4により、政府は第三者に対して損害賠償請求権を取得します。

届出がないと、労災保険側が事故の相手方の情報を把握できず、求償手続きが進みません。結果として給付の支給が遅れたり、手続きが複雑化する可能性があります。

届出の流れ

1

事故発生・状況の確認

交通事故が発生したら、まず従業員の安全を確保したうえで、事故の状況(日時・場所・相手方の情報など)を正確に記録します。

2

警察への届出・交通事故証明書の取得

人身事故として警察に届け出たうえで、自動車安全運転センターから「交通事故証明書」を取得します。この証明書は第三者行為災害届の添付書類として必要です。

3

労災保険の請求書を提出

療養補償給付(様式第5号等)や休業補償給付(様式第8号等)などの労災保険請求書を、所轄の労働基準監督署に提出します。

4

第三者行為災害届の提出

労災保険の請求と併せて、「第三者行為災害届」を所轄の労働基準監督署に提出します。届出は遅滞なく行うこととされています。

必要書類一覧

第三者行為災害届に必要な書類

📄 第三者行為災害届(所定様式)

📄 交通事故証明書(自動車安全運転センター発行)

📄 念書(兼 同意書)(被災者が示談前に労災保険の求償権を妨げない旨を確認する書類)

📄 示談書の写し(示談が成立している場合)

📄 自賠責保険等の損害賠償金等支払証明書または保険金支払通知書(支払いがあった場合)

※ 交通事故証明書の取得に時間がかかる場合は、先に第三者行為災害届を提出し、後から証明書を追加提出することも可能です。

⚠ 示談前の注意点

第三者行為災害において、被災者が加害者と先に示談を成立させてしまうと、示談の内容によっては労災保険の給付が制限される場合があります。示談を行う前に、必ず所轄の労働基準監督署に相談することをおすすめします。


自賠責保険・任意保険と労災の支給調整の仕組み

交通事故の場合、被災者は「相手方の自賠責保険・任意保険」と「労災保険」の両方から補償を受けられる可能性があります。しかし、同じ損害について二重に給付を受けることはできません。ここでは調整の仕組みを解説します。

「求償」と「控除」の2つの調整方法

求償(きゅうしょう)

労災保険が先に給付を行い、その後、政府が加害者側(自賠責保険・任意保険)に対して支払った額を請求する方法です。

被災者は労災保険から速やかに給付を受けられるため、治療費の立替負担がなくなるメリットがあります。

控除(こうじょ)

加害者側(自賠責保険等)が先に損害賠償を支払った場合、労災保険はその支払額と同一の事由にあたる部分を差し引いて給付を行います。

これにより、被災者が同じ損害について二重に補償を受けることを防ぎます。

自賠責保険を先に使う?労災を先に使う?

実務上、「自賠責先行」と「労災先行」のどちらを選ぶかは被災者の判断に委ねられています。それぞれの特徴は以下のとおりです。

自賠責保険を先に使う場合(自賠先行)

慰謝料が受け取れる(労災保険には慰謝料の給付がないため)

✔ 自賠責保険の傷害限度額は120万円(治療費・休業損害・慰謝料の合計)

✔ 限度額を超えた分は、労災保険に請求可能

労災保険を先に使う場合(労災先行)

被災者の過失割合に関係なく給付が受けられる(労災保険は過失相殺されない)

✔ 治療費の自己負担がゼロ(労災指定病院を受診した場合)

✔ 相手方が無保険、または支払い能力がない場合に有効

💡 実務上のポイント

被災者の過失が大きい事故(被災者にも過失がある場合)は、過失相殺されない労災先行を選ぶほうが有利になる場合があります。一方、被災者に過失がほとんどなく、ケガが比較的軽い場合は、慰謝料が受け取れる自賠先行が選ばれることもあります。状況に応じた判断が必要です。

労災保険の給付で自賠責にはない補償

労災保険には、自賠責保険にはない独自の給付があります。これらは自賠責保険との調整対象にならず、労災固有の上乗せ補償として受け取ることができます。

🔹 休業特別支給金(休業4日目以降、給付基礎日額の20%)

🔹 障害特別支給金・障害特別年金/一時金(後遺障害が残った場合)

🔹 遺族特別支給金・遺族特別年金/一時金(死亡の場合)

🔹 傷病特別支給金(療養開始から1年6か月を経過しても治らない場合)

これらの特別支給金は、自賠責保険や任意保険から賠償金を受け取っていても別途支給されます。この点は被災者にとって重要なメリットです。


健康保険で受診してしまった場合の対応

交通事故に遭った直後は混乱しやすく、とりあえず健康保険証を使って病院を受診してしまうケースは珍しくありません。しかし、業務中・通勤中の事故は健康保険の給付対象外です(健康保険法第55条第1項)。

健康保険で受診した場合でも、あとから労災保険に切り替える手続きは可能です。以下の手順で対応します。

切替手続きの流れ

1

受診した医療機関に連絡する

「業務中(または通勤中)の事故なので、労災に切り替えたい」と伝えます。医療機関によっては、健康保険への請求がまだ済んでいなければ、窓口対応だけで切替可能な場合があります。

2

健康保険の保険者に連絡する

協会けんぽまたは加入している健康保険の保険者に、「労災事故を健康保険で受診してしまった」旨を連絡します。保険者から医療費の返還請求(7割分)が届きます。

3

健康保険の保険者に7割分を返還する

保険者から届いた納付書に従い、健康保険が負担した7割分の医療費を返還します。

4

労災保険に療養補償給付を請求する

返還した7割分と窓口で支払った3割分の合計(10割分)を、労災保険の「療養補償給付たる療養の費用請求書」(様式第7号等)で請求します。

⚠ 放置するとどうなるか

健康保険を使ったまま放置すると、保険者が労災事故であることを把握した時点で医療費(7割分)の返還請求が届きます。この場合、一時的に被災者が10割分を自己負担する必要が出てくるため、早めの切替連絡が重要です。


会社がやるべき初動対応チェックリスト

従業員が交通事故に遭った場合、会社としてやるべきことは多岐にわたります。以下に事故発生直後から届出完了までの対応を時系列で整理しました。

事故発生直後(当日〜翌日)

従業員の安否を確認する(怪我の程度・入院の有無)

事故の状況を聞き取り、記録する(日時・場所・相手方の情報・事故の概要)

警察に届出がされていることを確認する(人身事故届出の有無)

業務中か通勤中かを確認する(労災に該当するかの判断)

医療機関に「労災事故である」旨を伝えるよう従業員に案内する(健康保険証を使わない)

事故発生後〜1週間以内

交通事故証明書を取得する(自動車安全運転センターに申請)

労災保険の請求書を作成・提出する(療養補償給付・休業補償給付など)

第三者行為災害届を作成する(念書・交通事故証明書等を添付)

相手方の保険会社の情報を確認する(自賠責保険・任意保険の保険会社名と証券番号)

届出完了後

第三者行為災害届を所轄の労働基準監督署に提出する

従業員に対し「示談前に労基署に相談するよう」案内する

休業が4日以上の場合は「労働者死傷病報告」を提出する(業務災害の場合は遅滞なく、通勤災害の場合も同様)

健康保険で受診していた場合は、切替手続きを進める

💡 チェックリスト活用のポイント

交通事故が起きてから慌てて対応するのではなく、あらかじめチェックリストを社内に用意しておくことをおすすめします。事故発生時に「まず何をすべきか」が明確になり、対応の遅れを防ぐことができます。


まとめ

業務中・通勤中の交通事故は労災保険が優先して適用されます。相手がいる事故では「第三者行為災害届」の提出が必要であり、自賠責保険・任意保険との間で支給調整(求償・控除)が行われることで、二重取りを防ぐ仕組みになっています。また、労災保険には慰謝料の給付はありませんが、特別支給金など労災独自の上乗せ補償があり、自賠先行と労災先行のどちらを選ぶかは事故の状況に応じた判断が求められます。

手続きで最も注意すべき点は、健康保険で受診してしまった場合の早期切替と、示談前に必ず労働基準監督署に相談することの2つです。示談の内容によっては労災給付が制限される場合があり、取り返しのつかない事態につながる可能性があります。また、第三者行為災害届の提出が遅れると給付にも影響するため、事故発生後すみやかに対応を進めることが大切です。

交通事故に伴う労災手続きは、通常の労災申請よりも関係者が多く、自賠責保険との調整も絡むため複雑になりがちです。「労災に該当するか判断がつかない」「第三者行為災害届の書き方がわからない」といったお悩みがある場合は、ぜひ一度社会保険労務士にご相談ください。


下村圭祐の写真

監修者:下村 圭祐(しもむら けいすけ)

社会保険労務士法人シモムラパートナーズ 代表

社会保険労務士として、中小企業の労務管理・社会保険手続きを専門とする。採用から退職まで、労働関係法令に基づいた適切な職場環境づくりをトータルサポート。海外赴任・出向に伴う社会保険手続きや出向規程の整備など、グローバルな労務課題にも対応。『正しい知識で、安心して人を動かせる会社をつくる』をモットーに、全国の中小企業の労務顧問として幅広く活動中。


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