「繁忙期は残業だらけなのに、閑散期はやることがない……」そんな悩みを抱えている経営者・人事担当者の方は多いのではないでしょうか。1年単位の変形労働時間制を活用すれば、繁忙期に所定労働時間を長く、閑散期に短く設定することで、年間トータルの残業コストを抑えることが期待できます。
この記事では、1年単位の変形労働時間制の基本的な仕組みから、導入の最大のポイントである「年間カレンダーの事前作成」、労使協定の届出手続き、残業代の考え方まで、実務で必要な知識をわかりやすく解説します。
💡 この記事のポイント
✅ 1年単位の変形労働時間制は、年間を通じて繁閑の差が大きい事業場に適した制度
✅ 年間カレンダーの事前作成が最も重要で、原則として後から変更はできない
✅ 1日10時間・1週52時間・年間労働日数280日という上限ルールがある
✅ 労使協定の締結と労働基準監督署への届出が必須(届出なしは法令違反)
✅ 36協定の限度時間が通常より厳しく月42時間となる点に注意
1年単位の変形労働時間制とは?
1年単位の変形労働時間制とは、労働基準法第32条の4に基づき、1か月を超え1年以内の期間を対象期間として、その期間を平均して1週間あたりの労働時間が40時間以下になるように労働時間を配分できる制度です。
通常の労働時間制度では、1日8時間・1週40時間を超えた分はすべて残業扱いになります。しかし、この制度を導入すると、あらかじめカレンダーで定めた範囲内であれば、繁忙期に1日10時間働いても残業にはなりません。その代わり、閑散期の労働時間を短く設定することで、年間全体で帳尻を合わせる仕組みです。
どんな会社に向いている?
季節や時期によって業務量の波がある業種・業態に特に適しています。具体的には、以下のような事業場が挙げられます。
📌 建設業(春〜秋が繁忙期、冬が閑散期)
📌 製造業(受注量に季節変動がある場合)
📌 観光・宿泊業(行楽シーズンに集中する場合)
📌 小売業(年末年始・セール時期に繁忙がある場合)
📌 会計事務所・税理士事務所(確定申告時期が繁忙期)
導入のメリット・デメリット
✅ メリット
繁忙期の所定労働時間を長く設定できるため、従来は残業扱いになっていた時間が通常勤務扱いになります。これにより、割増賃金の支払いを適法に抑えることが期待できます。
繁忙期に労働時間を集中させる代わりに、閑散期にまとまった休日を確保できます。従業員のワークライフバランス向上につながる場合があります。
年間カレンダーを作成する過程で、業務の繁閑を見える化できます。結果として、人員配置や受注計画の精度が上がることも期待できます。
⚠️ デメリット・注意点
対象期間の労働日と労働日ごとの労働時間を、原則としてすべて事前に特定する必要があります。急な業務変動には対応しにくい面があります。
日・週・対象期間全体の3段階で時間外労働を判定する必要があり、通常の労働時間制に比べて残業代の計算が複雑になります。
対象期間が3か月を超える場合、36協定の時間外労働の限度時間が月42時間・年320時間と、通常の月45時間・年360時間より厳しくなります。
年間カレンダーの作り方【最重要】
⚠️ 年間カレンダーは「作って終わり」ではなく、一度届出をしたら原則変更できません。慎重に作成することをおすすめします。
1年単位の変形労働時間制で最も重要なのが、年間カレンダー(勤務カレンダー)の事前作成です。このカレンダーには、対象期間中のすべての労働日と、各労働日の所定労働時間を具体的に記載します。
カレンダー作成前に決めること
対象期間と起算日を決める
多くの会社では「4月1日〜翌年3月31日」の1年間を対象期間としています。暦年(1月〜12月)で設定する場合もあります。業種の繁閑サイクルに合った期間を選ぶことをおすすめします。
1日の所定労働時間を決める
繁忙期と閑散期で異なる所定労働時間を設定するのか、1日の時間は統一して出勤日数で調整するのかを決めます。例えば、繁忙期は1日9時間、閑散期は1日7時間というパターンが考えられます。
年間の総労働時間を計算する
対象期間を1年(365日)とする場合、総労働時間の上限は2,085時間です。計算式は「40時間÷7日×365日=2,085.7時間」(端数切り捨て)となります。設定した労働日×各日の所定労働時間がこの枠内に収まるか必ず確認してください。
必要な年間休日数を確認する
1日の所定労働時間が8時間で統一の場合、2,085時間÷8時間=260.6日が労働日の上限です。つまり年間休日は最低105日(365日−260日)必要です。1日7.5時間の場合は年間休日88日以上が目安となります。
所定労働時間別の必要年間休日数の目安
📌 8時間の場合 → 年間労働日数:最大260日 → 年間休日105日以上
📌 7.5時間の場合 → 年間労働日数:最大278日 → 年間休日88日以上(※280日上限に注意)
📌 7時間の場合 → 計算上は297日だが、年間労働日数上限の280日が適用 → 年間休日85日以上
⚠️ 1日の所定労働時間が7時間以下になると、年間2,085時間の総枠を活かしきれず、制度導入のメリットが薄れる場合があります。
カレンダーの2つの作成パターン
年間カレンダーの作成方法には、大きく分けて2つのパターンがあります。
対象期間のすべての労働日と各日の所定労働時間を、労使協定締結時に一括して決定します。最もシンプルで、年度初めに完成させるパターンです。業務の繁閑が毎年ほぼ同じ会社に適しています。
対象期間を1か月以上の区分期間に分け、最初の期間のみ具体的な労働日・時間を定めます。残りの期間は「労働日数と総労働時間数」だけを労使協定で決めておき、各期間の開始30日前までに過半数代表者の同意を得て具体的な日程を書面で特定します。
※ 受注状況などにより年間の予定が立てにくい場合に活用できる方法です。
⚠️ カレンダー作成時の注意点
・一度特定した労働日・労働時間は原則として任意に変更できません
・時間外労働を見込んでカレンダーに組み込むことはできません
・カレンダーは従業員に周知する義務があります
労働時間・労働日数の上限ルール
1年単位の変形労働時間制では、労働者の健康を守るために、いくつかの上限が設けられています。カレンダー作成時にはこれらすべてを満たす必要があります。
📌 1日の労働時間:上限 10時間
📌 1週間の労働時間:上限 52時間
📌 年間の労働日数:上限 280日(対象期間が3か月超の場合)
📌 連続労働日数:原則 6日(特定期間は最長12日)
📌 対象期間の平均:週あたり 40時間以下
※ 18歳未満の労働者には1日8時間・1週48時間の制限が別途適用されます。
対象期間が3か月を超える場合の追加ルール
対象期間を3か月超(多くの場合は1年)で設定する場合、さらに厳しい制限が加わります。
⚠️ 週48時間を超える週は連続3週まで
⚠️ 対象期間を3か月ごとに区分した各期間内で、週48時間超の週は3週以内
⚠️ 36協定の限度時間が月42時間・年320時間に引き下げ
導入手続きの流れ(5ステップ)
1年単位の変形労働時間制を導入するためには、以下の手順が必要です。届出を行わずに制度を運用した場合、労働基準法違反となり30万円以下の罰金が課される場合がありますのでご注意ください。
年間カレンダーの作成
上限ルールを守りつつ、対象期間中のすべての労働日と各日の所定労働時間を決定します。各労働局が提供する「変形労働時間制チェックカレンダー(Excel)」を活用すると、上限チェックを自動で行えるため便利です。
就業規則への規定
就業規則に1年単位の変形労働時間制を採用する旨を記載します。初年度に規定すれば、翌年度以降の変更は原則不要です。ただし、年間カレンダーを就業規則の付属規定としている場合は、毎年の改訂が必要になります。
労使協定の締結
労働者の過半数で組織する労働組合、またはそれがない場合は過半数代表者と書面で労使協定を締結します。協定には、対象労働者の範囲・対象期間および起算日・特定期間・労働日および労働日ごとの労働時間・有効期間の5項目を定めます。
労働基準監督署への届出
「1年単位の変形労働時間制に関する協定届(様式第4号)」に年間カレンダーと労使協定書を添付して、管轄の労働基準監督署に届け出ます。届出は郵送・持参のほか、e-Govでの電子申請も可能です。必ず控えをもらい、保管してください。
従業員への周知・運用開始
届出後、就業規則・労使協定・年間カレンダーを従業員に周知します。周知が不十分な場合、労働時間をめぐるトラブルの原因になりかねませんので、掲示やメール配布などで確実に伝えることをおすすめします。
⚠️ 重要:毎年の届出を忘れずに
労使協定の有効期間が切れる前に、翌年度分の届出を行う必要があります。届出が切れた状態で運用を続けると、法定労働時間の原則(1日8時間・週40時間)が適用され、それを超えた分はすべて割増賃金の対象となる場合があります。
残業代(時間外労働)の考え方
1年単位の変形労働時間制を導入しても、すべての残業代がなくなるわけではありません。時間外労働の判定は3段階で行います。
時間外労働の3段階判定
カレンダーで所定労働時間を8時間超に設定した日 → その所定労働時間を超えた分が残業
カレンダーで所定労働時間を8時間以下に設定した日 → 8時間を超えた分が残業
カレンダーで所定労働時間を40時間超に設定した週 → その所定労働時間を超えた分が残業(①で計算済みの時間を除く)
カレンダーで所定労働時間を40時間以下に設定した週 → 40時間を超えた分が残業(①で計算済みの時間を除く)
対象期間の法定労働時間の総枠(1年の場合2,085時間)を超えた分が残業(①②で計算済みの時間を除く)
途中入社・途中退職者の取り扱い
対象期間の途中で入社した人や退職した人については、実際に働いた期間を平均して1週40時間を超えた場合、超過分の割増賃金を支払う必要があります(労働基準法第32条の4の2)。
例えば、閑散期に入社して繁忙期に退職した場合、その人は所定労働時間が長い期間ばかり働いていることになります。この場合、実労働期間を平均して週40時間を超えていれば、超過分の割増賃金(賃金の清算)が必要です。
📌 実務のポイント:途中入退社が多い職場では、賃金清算の事務処理が発生しやすくなります。制度導入前に、清算のルールと計算方法を整理しておくことをおすすめします。
よくある質問(FAQ)
Q1. カレンダーを年度の途中で変更することはできますか?
原則としてできません。1年単位の変形労働時間制は、事前に労働日と労働時間を特定することが制度の前提です。やむを得ない事由で変更が必要な場合は、改めて労使協定を締結し直すなどの対応が求められる場合があります。
Q2. パート・アルバイトにも適用できますか?
法令上、対象労働者の範囲に制限はありませんので、パートやアルバイトにも適用することは可能です。ただし、労使協定で対象者の範囲を明確に定めておく必要があります。
Q3. 特定期間とは何ですか?
対象期間の中で特に業務が繁忙な期間として設定できるものです。特定期間に指定すると、連続労働日数の上限が通常の6日から最長12日(1週間に1日の休日を確保した上で)に緩和されます。ただし、対象期間の大部分を特定期間とすることは法の趣旨に反するとされています。
Q4. 1か月単位の変形労働時間制との違いは?
1か月単位は就業規則の規定だけで導入できますが、1年単位は労使協定の締結と届出が必須です。また、1年単位には1日10時間・1週52時間という上限がありますが、1か月単位にはこうした日・週の上限がありません。一方、1年単位は長い期間で繁閑を調整できるため、季節変動が大きい業種では活用のメリットが大きいといえます。
Q5. 育児・介護をしている従業員への配慮は必要ですか?
はい。育児を行う者、老人等の介護を行う者、職業訓練を受ける者などについては、育児や介護に必要な時間を確保できるよう配慮しなければなりません。具体的には、労働時間が長い日や長時間勤務が連続する日にこれらの労働者を配置しないなどの対応が考えられます。
Q6. 届出を忘れていた場合はどうなりますか?
労使協定の届出がない場合、1年単位の変形労働時間制は法的に認められません。その場合、法定労働時間の原則(1日8時間・週40時間)が適用され、これを超える労働はすべて時間外労働として割増賃金の支払いが必要になります。速やかに届出を行うことをおすすめします。
Q7. 各労働局のチェックカレンダーはどこで入手できますか?
各都道府県の労働局のWebサイトで、Excelファイルの「変形労働時間制チェックカレンダー」が公開されている場合があります。このカレンダーを使うと、日数・時間の上限チェックを自動で行えるため、自社で一から作成するよりも効率的です。
まとめ
1年単位の変形労働時間制は、繁忙期と閑散期の差が大きい事業場にとって、残業コストの削減と従業員の休日確保を両立できる有効な制度です。ただし、その効果を最大限に発揮するためには、年間カレンダーの適切な作成が不可欠です。
年間カレンダーは一度届出をすると原則変更ができないため、過去数年の業務データや受注実績をもとに、できるだけ実態に即した繁閑の予測を行った上で作成することをおすすめします。また、1日10時間・1週52時間・年間280日などの上限ルールや、36協定の限度時間が通常より厳しくなる点も見落としがちですので、導入前にしっかり確認しておくことが大切です。
労使協定の届出は毎年必要であり、届出漏れは法令違反となる場合があります。導入時だけでなく、年度の切り替え時期にもスケジュール管理を忘れないよう、社内のチェック体制を整えておくと安心です。
制度の導入や年間カレンダーの作成に不安がある場合は、社会保険労務士などの専門家に相談されることをおすすめします。

監修:下村 圭祐(しもむら けいすけ)
社会保険労務士法人シモムラパートナーズ 代表
中小企業の労務管理を中心に、就業規則の作成・変更、社会保険手続き、助成金申請など幅広くサポート。複雑な変形労働時間制の導入支援実績も多数。「わかりやすく、実務で使える」アドバイスを心がけています。
📚 参考資料・出典
・厚生労働省「変形労働時間制の概要」
https://www.mhlw.go.jp/
・厚生労働省「1年単位の変形労働時間制」
https://www.mhlw.go.jp/
・兵庫労働局「1年単位の変形労働時間制」
https://jsite.mhlw.go.jp/
・厚生労働省「変形労働時間制に関するQ&A」
https://www.mhlw.go.jp/
・静岡労働局「変形労働時間チェックカレンダー」
https://jsite.mhlw.go.jp/






