「社員をカナダに出向させることになったけど、社会保険はどうなるの?」「海外駐在中も日本の社会保険料を払い続けるの?二重払いになるんじゃ…」。そんな不安を抱える経営者・総務担当者の方へ、海外出向時の社会保障協定と各種保険・税金の取り扱いについて社労士がわかりやすく解説します。
結論から言えば、どこの国に出向するか・雇用関係がどこにあるか・給与をどこが払うかによって取り扱いは大きく変わります。正しく理解して手続きを取ることで、余計なコストや法令違反のリスクを防ぐことができます。
✅ この記事の結論(3分でわかるポイント)
- 社会保障協定とは、保険料の二重払い防止と年金加入期間の通算を目的とした二国間協定
- 日本は23か国と協定を発効済み(2026年2月現在)。カナダ・アメリカ・ドイツなど主要国が対象
- 協定国への5年以内の派遣は日本の制度のみ適用・相手国の加入免除が原則
- 雇用保険は日本払い給与なら継続加入、労災は原則適用外なので特別加入を必ず検討
- 住民税は1月1日時点の住民票で決まり、所得税は現地税理士への確認が必須
1. 社会保障協定とは?基本の仕組み
社員が海外で働く場合、日本と就労先国の両方で社会保険への加入を求められ、保険料を二重に支払うケースが生じることがあります。また、相手国の年金を受給するための最低加入期間を満たせず、保険料が「掛け捨て」になることも問題です。
こうした問題を解消するために、日本は各国と「社会保障協定」を締結しています。協定の内容は大きく2つです。
① 保険料の二重負担防止(適用調整)
相手国への派遣が5年を超えない場合は日本の制度のみを適用し、相手国の制度への加入を免除。5年を超える場合は原則として相手国の制度のみ適用します。
② 年金加入期間の通算
日本と相手国の年金加入期間を合算して、両国からそれぞれ年金を受け取れるようにします(一部の国は適用調整のみで通算なし)。
📌 2026年2月現在の発効国(主要国)
アメリカ・カナダ・イギリス・ドイツ・フランス・オーストラリア・韓国・中国・オランダ・イタリアなど23か国と発効済み。一方、ベトナム・タイ・インドネシアなど東南アジア諸国は未締結の国が多いのが現状です。
2. 協定がある国・ない国でどう変わる?
派遣先の国に協定があるかどうかで、社会保険の扱いは大きく変わります。必ず事前に確認することが重要です。
✅ 協定あり(例:カナダ・アメリカ・ドイツ)
5年以内の派遣なら、日本年金機構に「適用証明書」を申請し相手国の社会保険加入を免除できます。日本の社会保険を継続したまま赴任でき、保険料の二重払いを回避できます。
⚠️ 協定なし(例:ベトナム・タイ・インドネシア)
相手国の法律に従って現地社会保険にも加入が必要になる場合があり、日本・現地の両方で保険料を支払う可能性があります。国ごとの法律の確認と専門家への相談が必須です。
⚠️ 大前提:状況によって取り扱いは異なります
社会保険の取り扱いは、①どこの国か、②雇用関係が日本法人か現地法人か、③給与の支払元はどこか、④派遣期間はどのくらいか、によって変わります。個別の状況に応じた確認が必要です。
3. 【事例】カナダのA社に3年間出向する場合
ここでは、日本企業に籍を置いたままカナダのA社(現地法人)に3年間出向するケースで考えてみましょう。
📋 事例の前提条件
健康保険・厚生年金の取り扱い
カナダは日本と社会保障協定を締結しているため、3年という5年以内の派遣であれば「適用証明書」を日本年金機構に申請することで、カナダの年金制度への加入が免除されます。日本の健康保険・厚生年金に継続加入したまま赴任が可能です。
📌 必要な手続き(出発前に完了させること)
- 日本年金機構に適用証明書の発行申請を行う
- 発行された適用証明書をカナダの事業拠点に提出する
- 5年を超える見込みに変更になった場合は別途手続きが必要
4. 介護保険:住民票を抜けば外れる
介護保険は40歳以上で日本に住所(住民票)がある人が加入対象です。海外赴任に際して住民票を日本から抜いた場合、介護保険の被保険者資格を喪失し、保険料の負担もなくなります。
① 市区町村で転出届を提出
住民票を日本から抜くことで介護保険料の負担がなくなります。帰国時には転入届の提出が必要です。
② 健康保険に海外居住の届出
住民票を抜いても健康保険には継続加入できます。保険料から介護保険分が控除されなくなります(加入の健康保険に届出が必要)。
⚠️ 注意
住民票を日本に残したまま出向する場合は、介護保険料の徴収が継続されます。出向のタイミングと転出届のタイミングを整理しておきましょう。
5. 雇用保険:日本から給与が出ていれば継続加入
雇用保険は日本の事業所に雇用されている場合に適用される制度です。海外出向中も日本の本社との雇用関係が継続し、日本から給与が支払われていれば、引き続き雇用保険に加入します。
✅ 日本の本社が給与を支払っている場合
雇用保険は継続加入。帰国後も失業給付・育児休業給付などを受けられます。
⚠️ 現地法人のみから給与が支払われる場合
日本の雇用保険が適用されない可能性があります。雇用形態の整理が必要です。
📌 日本・現地の両方から給与が出る場合
主たる賃金を支払う事業所での取り扱いになります。個別に確認が必要です。
6. 労災保険:海外では原則適用外・特別加入を検討
労災保険は日本国内の業務に適用される制度です。海外での業務中に負傷・疾病が発生しても、原則として日本の労災保険は適用されません。
⚠️ 海外での事故・病気は労災が使えないケースが多い
特に現地業務中のケガや病気については、日本の労災保険が適用されないケースがほとんどです。補償の空白が生じないよう、出発前の対策が必須です。
対策:海外派遣者の労災特別加入
このリスクに備えるために、「海外派遣者の労災特別加入制度」の活用を強くおすすめします。特別加入をすることで、海外での業務中の災害についても日本の労災保険の補償を受けられます。
対象
海外の事業に従事する労働者(出向・派遣を問わず)
手続き
所轄の労働基準監督署または特別加入団体経由(商工会議所・事務組合等)で申請
⚠️ 重要
加入前に発生した災害は補償対象外です。出発前に手続きを完了させることが重要です。
📌 参考:厚生労働省 公式情報
海外派遣者の特別加入の詳細は以下の公式ページをご確認ください。
7. 住民税:1月1日時点の住民票で決まる
住民税は毎年1月1日現在に日本に住所(住民票)がある人に課税されます。前年の所得に対して課税されるため、年の途中で海外転出しても、1月1日時点で住民票があった場合はその年の住民税が課税されます。
✅ 1月1日より前に住民票を抜いた場合
その年の住民税は課税されません(前年分は課税済み)。
⚠️ 1月1日以降に住民票を抜いた場合
1月1日時点で住所があったため、その年1年分の住民税が課税されます。出発前に一括納付または納税管理人の選任が必要です。
💡 実務のポイント
年末・年始をまたぐ赴任の場合は、1月1日の住民票のタイミングで状況が変わりますので、そこも併せて検討することをおすすめします。
8. 所得税:現地の税理士に要確認
所得税については、日本の所得税と相手国の所得税の両方が絡むため、税務上の居住者判定・租税条約の適用・二重課税の調整など、非常に複雑な判断が必要になります。
日本の非居住者になるかどうか
非居住者になると、日本での課税範囲(国内源泉所得のみ等)が変わります。
租税条約の有無・内容
国ごとに租税条約の内容が異なります。二重課税を回避するための規定が定められています。
現地での申告義務
現地法人から給与が出る場合、現地での確定申告が必要になる場合があります。
日本側の源泉徴収の方法
非居住者に支払う給与は源泉徴収の方法が変わる場合があります。
⚠️ 所得税は現地の税理士への確認が必須です
誤った処理をすると、現地での申告漏れ・加算税のリスクが生じます。赴任前に現地対応経験のある税理士に必ず相談してください。社労士と税理士が連携して対応することで、手続きの漏れを防げます。
9. よくある質問
Q. 協定国への出向で適用証明書を取らないとどうなりますか?
適用証明書がないと、相手国の社会保険への加入を求められる場合があります。日本の保険料と現地の保険料を二重に支払うことになり、会社・本人の負担が増えます。出発前に必ず手続きを完了させてください。
Q. 出向期間が5年を超えた場合はどうなりますか?
協定のある国では、5年を超える場合は原則として相手国の制度のみ適用されます。日本の厚生年金・健康保険から脱退し、相手国の制度へ切り替える手続きが必要になります。期間延長が見込まれる場合は早めに専門家に相談することをおすすめします。
Q. 海外出向中に病気になったら日本の健康保険は使えますか?
日本の健康保険に加入継続している場合、「海外療養費」として一定額の払い戻しを受けることができます。ただし、現地でかかった医療費の全額ではなく、日本の保険適用部分の医療費を基準に算定されるため差額が生じることがあります。海外の傷害保険等との併用をおすすめします。
Q. 協定のない国に出向する場合、会社はどう対応すればいいですか?
現地の社会保険制度の内容と加入義務の有無を確認し、必要に応じて現地の専門家(社労士・弁護士等)に相談することが重要です。会社として保険料の負担をどう取り決めるか、出向規程を整備しておくことも大切です。
Q. 海外出向前に会社が準備すべきことをまとめて教えてください。
主な準備として、①協定国であれば適用証明書の申請、②労災特別加入の手続き(出発前に完了)、③住民票の転出届と健康保険への届出、④雇用保険の継続確認、⑤所得税の取り扱いを現地税理士に確認、⑥出向規程・給与規程の整備が挙げられます。早めに社労士に相談することで、手続きの漏れを防げます。
まとめ
海外出向に伴う社会保険・税金の取り扱いは、どこの国か・雇用関係の形態・給与の支払元・派遣期間によって異なります。特に社会保障協定の有無は大きな判断ポイントです。
カナダのように協定が締結されている国への5年以内の派遣であれば、社会保障協定制度の活用で二重払いを回避できます。一方、協定のない国への出向や、5年を超える長期派遣は個別の対応が必要です。
労災の特別加入は「出発前に手続きを完了」が鉄則。住民税は1月1日時点、所得税は現地税理士への確認を忘れずに行いましょう。
「うちの会社のケースはどう対応すればいいの?」とお悩みの方は、ぜひ一度専門家にご相談ください。
監修者プロフィール
下村 圭祐(しもむら けいすけ)
社会保険労務士法人シモムラパートナーズ 代表
中小企業の労務管理・社会保険手続きを専門とする社会保険労務士。採用から退職まで、労働関係法令に基づいた適切な職場環境づくりをトータルサポート。海外出向・在籍出向に関する手続きや出向規程の整備、社会保障協定の実務対応など、グローバルな労務課題にも対応。「正しい知識で、安心して人を動かせる会社をつくる」をモットーに、全国の中小企業の労務顧問として幅広く活動中。
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参考資料・出典
・厚生労働省「海外で働かれている皆様へ(社会保障協定)」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/
・日本年金機構「社会保障協定」
https://www.nenkin.go.jp/service/kaigaikyoju/
・厚生労働省「海外派遣者の特別加入」







